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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)171号 判決

東京都品川区北品川5丁目9番11号

原告

住友重機械工業株式会社

代表者代表取締役

小澤三敏

訴訟代理人弁護士

本間崇

同弁理士

羽片和夫

東京都千代田区霞が関3丁目3番4号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

主代静義

田中弘満

廣田米男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第21913号事件について平成8年6月24日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年2月28日に名称を「攪拌機」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和60年特許願第39548号)をし、平成1年8月4日に出願公告(平成1年特許出願公告第37173号)がなされたが、特許異議の申立てがあり、平成5年10月26日に拒絶査定がなされたので、同年11月25日に査定不服の審判を請求し、平成5年審判第21913号事件として審理された結果、平成8年6月24日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年7月29日原告に送達された。

2  本願発明の要旨(別紙図面A参照)

攪拌槽内中心部に槽外から回転可能な攪拌軸を配設し、該軸に、攪拌槽の底壁面に下端部を摺接させて槽底部に配設される幅広平板からなるボトムパドルを装着し、前記攪拌軸のボトムパドルより上位部分に、アーム部分と該アーム部分と直角方向に延びるストリップから構成される格子翼を装着すると共に、攪拌槽の側壁面に下部から上部まで軸方向に沿う複数本の邪魔板を間隔をおき配設したことを特徴とする攪拌機

3  審決の理由の要点

(1)本願発明の要旨は、その特許請求の範囲に記載された前項のとおりと認める。

(2)一方、拒絶理由の概要は、本願発明は、本出願前に頒布されたことが明らかな西独国第1、222、261号特許明細書(以下、「引用例1」という。別紙図面B参照)、「Ullmanns Encyklopadie der technischen Chemie(第4版)」(西独国Verlag Chemie,Weinheim/Bergstr.発行)の第2巻260頁右欄26行ないし261頁左欄2行(以下、「引用例2」という。別紙図面C参照)及び「ケミカル エンジニヤリング 1966年9月号」(株式会社化学工業社発行)の73頁左欄25行ないし74頁左欄下から4行(以下、「引用例3」という。別紙図面D参照)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというものである。

(3)引用例1には、攪拌槽内中心部に槽外から回転可能な攪拌軸を配設し、該軸に、攪拌槽の底壁面に下端部を摺接させて槽底部に配設される幅広平板からなるボトムパドルを装着し、前記攪拌軸のボトムパドルより上部部分に、アーム部分と該アーム部分と直角方向に延びるストリップから構成される格子翼が開示されている。

また、引用例2及び3には、いずれも円筒形型攪拌機において、攪拌槽の槽側壁面に下部から上部まで軸方向に沿う複数本の邪魔板を間隔をおき配設する手段が開示されている。

(4)本願発明と引用例1記載の発明を対比すると、両者は、本願発明が攪拌槽の槽側壁面に下部から上部まで軸方向に沿う複数本の邪魔板を設けることを要件としているのに対し、引用例1記載の発明はその旨の記載がない点において相違し、その余の点で一致する。

(5)この相違点について検討すると、一般に、攪拌槽内では攪拌物である液体が攪拌翼と共に回転する現象が生じやすく、これが攪拌効果に悪影響を及ぼすので、液の粘性、攪拌槽の径、レイノルズ数等の各種ファクターを考慮しつつ、必要に応じ槽側壁面に邪魔板を配設してこれを防止し攪拌効果の改善を図ることは、本出願前に当業者によく知られた手段である(例えば、大山義年著「化学工学 Ⅱ」(岩波書店1965年10月30日発行)の183頁ないし185頁、JOHN H.PERRY編「Chemical Engineers'Handbook(第4版)」(McGRAW-Hill BOOK COMPANY.INC.1963年発行)等参照)。

そして、引用例2に「液体の循環は邪魔板の組込みにより高められる。」(260頁右欄26行ないし28行)、引用例3に「被攪拌物である液体が攪拌翼と共に槽内を回転するのを防ぐため」(74頁左欄4行ないし6行)とあるように、攪拌効果の改善を目的として、本願発明と同じ構成の邪魔板を攪拌槽の槽側壁面に設けることが引用例2及び3に記載されているから、引用例1記載のものに、その攪拌効果改善を図るため、引用例2及び3記載の邪魔板を単に適用してみることは、当業者が容易に想到し得たことにすぎず、この点に格別の技術的創意工夫がなされたと認めることはできない。

また、本願明細書等の記載からみて、本願発明が引用例1ないし3の記載内容から予測し得ないほどの効果を奏するものということはできない。

(6)以上のとおりであるから、本願発明は、本出願前に頒布された引用例1ないし3の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決は、一致点の認定を誤り、かつ、相違点の判断を誤った結果、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)一致点の認定の誤り

審決は、引用例1には「攪拌軸のボトムパドルより上位部分に、アーム部分と該アーム部分と直角方向に延びるストリップから構成される格子翼」が開示されているとしたうえ、この点において本願発明と引用例1記載の発明は一致する旨認定している。

しかしながら、引用例1には「酸化アルキレンの重合によるポリエーテルの製法」に関する発明が記載されているが、その重合反応を行わせる攪拌槽の構造、あるいは、反応液の粘性、レイノルズ数等についての説明は全く記載されていない。また、引用例1の添付図面である別紙図面Bには攪拌機と考えられるものが図示されているが、その構成は引用例1の全記載によっても不明確である。同図に「攪拌槽内中心部に槽外から回転可能な攪拌軸を配設し、該軸に、攪拌槽の底壁面に下端部を摺接させて槽底部に配設される幅広平板からなるボトムパドルを装着」する構成が記載されていることは争わないが、引用例1から理解できることはその点に止まり、それ以上ではない。したがって、審決の上記一致点の認定は根拠がないというべきである。

(2)相違点の判断の誤り

審決は、「攪拌効果の改善を目的として、本願発明と同じ構成の邪魔板を攪拌槽の槽側壁面に設けることが引用例2及び3に記載されているから、引用例1記載のものに、その攪拌効果改善を図るため、引用例2及び3記載の邪魔板を単に適用してみることは、当業者が容易に想到し得たことにすぎ」ない旨判断している。

引用例2及び3に、いずれも円筒形型攪拌機において、攪拌槽の槽側壁面に下部から上部まで軸方向に沿う複数の邪魔板を間隔をおいて配置する手段が開示されていることは認める。

しかしながら、重要なことは、引用例1記載の攪拌槽の構造には、邪魔板についての知見が知られた1963年4月20日の出願であるにもかかわらず邪魔板が設けられていないことである。そして、攪拌機の技術分野においては、攪拌槽の内径と攪拌翼の径との関係から邪魔板の配設が可能な場合と不可能な場合とがあり、邪魔板の配設が可能な場合であっても、邪魔板の配設が適当な場合と不適当な場合とがある。現に、引用例2(261頁左欄13行ないし26行、同頁右欄下から11行ないし末行)及び引用例3(73頁右欄23行ないし74頁左欄の図179、図180の下2行)を参照すると、これらの引用例には、邪魔板の配設が適当な場合のみならず、不適当な場合をも併せて記載されているのであるから、審決が一般論として説示する「液の粘性、攪拌槽の径、レイノルズ数等の各種ファクターを考慮」することなく、邪魔板を設けることに否定的な技術を開示している「引用例1記載のものに、その攪拌効果改善を図るため、引用例2及び3記載の邪魔板を単に適用してみることは、当業者が容易に想到し得たことにすぎ」ないとした審決の上記判断は誤りといわざるを得ない。

この点について、被告は、「一般に、攪拌槽内では攪拌物である液体が攪拌翼と共に回転する現象が生じやすく、これが攪拌効果に悪影響を及ぼすので、液の粘性、攪拌槽の径、レイノルズ数等の各種ファクターを考慮しつつ、必要に応じ槽側壁面に邪魔板を配設してこれを防止し攪拌効果の改善を図ることは、本出願前に当業者によく知られた手段である」とした審決の認定に何らの誤りもない以上、相違点に係る本願発明の構成は単なる設計事項にすぎないとした審決の判断は正当である旨主張するが、上記のとおり攪拌槽に邪魔板の配設が可能であっても、邪魔板の配設が適当な場合と不適当な場合とがあることを前提とすれば、別紙図面Bに図示されている攪拌槽の構造あるいは反応液の粘性、レイノルズ数等についての説明が引用例1に全く記載されていない以上、引用例1記載の攪拌機に引用例2あるいは3記載の邪魔板を適用してみるという発想が生ずることはあり得ず、被告の上記主張は当たらない。

そして、従来、低粘度液の攪拌機が、槽径の1/2または1/3程度の径の攪拌翼を、邪魔板を配設した状態で回転させることによって攪拌効果を得るのに対し、高粘度液の攪拌機は、槽側壁との間隙が小さい攪拌翼を回転させ、槽全体の流れを引き出すことによって攪拌効果を得る(クローズドクリアランス型の攪拌機)のであって、邪魔板の配設は不可能(あるいは、デッドスペースを生じさせるので不適当)と考えられていた。本願発明は、クローズドクリアランス型の攪拌機にも邪魔板を配設する構成を採用した点において従来の技術常識を破ったものであり、この構成によって、「翼回転数が低い値でも良い混合能力があるからレイノルズ数Reに対して広範囲に亘り混合特性が良い。循環回数が非常に小さいから、完全混合状態になるまで時間(混合時間)が短い。低速回転攪拌時の混合特性が高いから、マイルドな攪拌ができる。攪拌所要動力が小さくて済み、それでいて従来と同等の性能が得られる。低粘度液から高粘度液まで安定した混合特性を有するから、粘度変化のある反応槽として有効であると共に、粘度の異なる多品種のバッチ生産に最適である、格子翼の構造上液面変化に対して混合特性が安定している」(本願公告公報6欄24行ないし36行、手続補正書3枚目19行ないし21行)との作用効果を奏するものであり、このことは甲第19号証及び第20号証(実験結果報告書)によって裏付けられている。したがって、「本願発明が引用例1ないし3の記載内容から予測し得ないほどの効果を奏するものということはできない」旨の審決の判断も誤りである。

この点について、被告は、原告主張の作用効果は引用例1記載の格子翼及びボトムパドルの作用に、邪魔板の周知の作用が加わって奏されるのであるから、本出願当時に予測し得なかったものではない旨主張するが、本願発明が奏する作用効果は、単に、引用例1記載の発明における格子翼及びボトムパドルの作用によって奏される攪拌効果に、引用例2及び3記載の邪魔板の作用による攪拌効果が加わって奏されるものではないから、被告の上記主張は当たらない。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  一致点の認定について

原告は、本願発明と引用例1記載の発明は「攪拌軸のボトムパドルより上位部分に、アーム方向と該アームと直角方向に延びるストリップから構成される格子翼」が装着されている点において一致するとした審決の一致点の認定は根拠がない旨主張する。

しかしながら、引用例1記載の発明は「酸化アルキレンの重合によるポリエーテルの製法」に関するものであって、その実施例として、トリメチロールプロパン等からなる多成分の液状原料を10000リットル容量の「装置(Apparatur)」に仕込んで加熱した後、共沸物分離器Aによって反応混合物から水を留出すると共に、凝縮されたトルエンは「装置(Apparatur)」に戻されることが記載され、Rが環流路、Kが冷却器であることも記載されている(4欄17行ないし末行)。したがって、別紙図面Bの右下部分に図示されたものが「装置(Apparatur)」であることは明らかであるところ、多成分の液状原料を混合反応させるためには同装置が攪拌作用を行うべきことは当然であるから、同装置の上部から挿入されている攪拌軸のボトムパドルより上位部分に装着されているものは、その形状から、格子翼であることは明らかであって、原告の上記主張は当たらない。

なお、原告は、引用例1にはその攪拌槽の構造、あるいは、反応液の粘性、レイノルズ数等についての説明は全く記載されていない旨主張するが、本願発明の特許請求の範囲においてもこれらの事項は何ら特定されていない以上、これらの事項が本願発明と引用例1記載の発明の対比に関わりがないことはいうまでもないから、原告の上記主張は失当である。

2  相違点の判断について

原告は、攪拌槽に邪魔板の配設が可能であっても、邪魔板の配設が適当な場合と不適当な場合とがあり、引用例2及び3にも邪魔板の配設が適当な場合と不適当な場合とが併せて記載されているのであるから、「引用例1記載のものに、その攪拌効果改善を図るため、引用例2及び3記載の邪魔板を単に適用してみることは、当業者が容易に想到し得たことにすぎ」ないとした審決の判断は誤りである旨主張する。

しかしながら、原告が指摘する引用例2及び3の記述をもって、これらの引用例に邪魔板が存在しない方が攪拌効果の上で好ましい場合についての記述があることの論拠とするのは誤りであり、「一般に、攪拌槽内では攪拌物である液体が攪拌翼と共に回転する現象が生じやすく、これが攪拌効果に悪影響を及ぼすので、液の粘性、攪拌槽の径、レイノルズ数等の各種ファクターを考慮しつつ、必要に応じ槽側壁面に邪魔板を配設してこれを防止し攪拌効果の改善を図ることは、本出願前に当業者によく知られた手段である」とした審決の認定に何らの誤りもない以上、相違点に係る本願発明の構成は当業者ならば容易に想到し得たことにすぎず、この点に格別の技術的創意工夫がなされたと認めることはできないとした審決の判断は正当である。

なお、原告は、本願発明は高粘度液の攪拌機(クローズドクリアランス型の攪拌機)にも邪魔板を配設する構成を採用した点において従来の技術常識を破ったものである旨主張するが、本願発明が高粘度液の攪拌機のみを対象とすることはその特許請求の範囲に記載されていないから、原告の上記主張は当たらない。

また、原告は、本願発明が奏する作用効果の顕著性を主張するが、本願明細書(4欄23行ないし36行)に記載された本願発明の奏する攪拌効果は、引用例1記載の格子翼及びボトムパドルの「液を半径方向に吐出するとともに、槽底面への付着を防止する」作用に、引用例2及び3記載の邪魔板の「円周方向の流れを抑制するとともに、軸方向及び半径方向の流れの促進する」作用が加わって奏されるのであるから、これをもって本願発明が予測し得ない作用効果を達成したものとはいえない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第10号証(特許出願公告公報)及び乙第1号証(手続補正書)によれば、本願明細書には本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が次のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)技術的課題(目的)

本願発明は、混合・溶解・晶析・反応など広範囲な用途に適用可能な多目的型攪拌機に関するものである(公報1欄12行、13行。手続補正書2枚目19行、20行)。

従来、攪拌翼として平羽根翼・傾斜羽根翼・直角タービン翼(以下、「Aタイプの翼」という。)を一段または数段で使用する攪拌機は、翼回転数を高くし翼の外端から半径方向に吐出される液の流量を多くすることによって、第14図に示されているように槽壁に衝突した液が上方及び下方に回り、再び翼の所へ戻る循環流を発生させて混合を行っている。一方、高粘度液の攪拌には螺旋翼・螺旋状リボン翼(以下、「Bタイプの翼」という。)を使用し、同じく高粘度液あるいは槽底部に沈降しやすい固体を含む液の攪拌には馬跨型翼・アンカー型翼(以下、「Cタイプの翼」という。)を使用し、また、液体に対する固体の溶解には糸巻翼(以下、「Dタイプの翼」という。)を使用するが、これらB・C・Dタイプの翼を使用する攪拌機は、翼の外端と槽との間隙を小さくすることにより液の槽壁への付着を防止し、翼による液の剪断及び掻取りを行って混合等の目的を達成している(公報1欄15行ないし2欄11行)。

しかしながら、Aタイプの翼を一段で使用する攪拌機は、たとえ槽壁面に複数の邪魔板を配設しても、特に低速回転時の混合性能が悪く、翼を多段で使用しても混合性能は余り改善されない。一方、B・Cタイプの翼を使用する攪拌機は低粘度液の混合には有効でなく、Dタイプの翼を使用する攪拌機は翼外端からの液の吐出性が非常に悪く短時間で完全混合できないという不都合がある(同2欄14行ないし3欄8行)。

本願発明の目的は、所要動力を低減するとともに、低速回転攪拌時の混合性能を向上させた攪拌機を提供することである(同3欄10行ないし13行)。

(2)構成

上記の目的を達成するため、本願発明はその要旨とする構成を採用したものである(手続補正書2枚目8行ないし16行)。

(3)作用効果

本願発明によれば、

a 翼回転数が低い値でも良い混合能力があるからレイノルズ数Reに対して広範囲に亘り混合特性が良い、

b 循環回数が非常に小さいから、完全混合状態になるまでの時間(混合時間)が短い、

c 低速回転攪拌時の混合特性が高いから、マイルドな攪拌ができる、

d 攪拌所要動力が小さくて済み、それでいて従来と同等の性能が得られる、

e 低粘度液から高粘度液まで安定した混合特性を有するから、粘度変化のある反応槽として有効であると共に、粘度の異なる多品種のバッチ生産に最適である、

f 格子翼の構造上液面変化に対して混合特性が安定している

との作用効果が奏される(公報6欄22行ないし36行、手続補正書3枚目19行ないし21行)。

2  一致点の認定について

原告は、引用例1の添付図面である別紙図面Bには攪拌機と考えられるものが図示されているが、その構造は引用例1の全記載によっても不明確であるから、本願発明と引用例1記載の発明は「攪拌軸のボトムパドルより上位部分に、アーム部分と該アーム部分と直角方向に延びるストリップから構成される格子翼」が装着されている点において一致するとした審決の認定は根拠がない旨主張する。

検討するに、引用例1の添付図面である別紙図面Bの右下部分に図示されたものが攪拌機であって、「攪拌槽内中心部に槽外から回転可能な攪拌軸を配設し、該軸に、攪拌槽の底壁面に下端部を摺接させて槽底部に配設される幅広平板からなるボトムパドル」が装着されていることは原告も争わないところ、そのボトムパドルより上位部分に図示されているものは、その形状と攪拌槽の機能(攪拌作用)とからみて、明らかに「アーム部分と該アーム部分と直角方向に延びるストリップから構成される格子翼」であると認められる。したがって、別紙図面Bに開示されている技術内容に関する審決の認定は肯認し得るものであって、審決の一致点の認定に誤りはない。

3  相違点の判断について

原告は、攪拌槽に邪魔板の配設が可能であっても、邪魔板の配設が適当な場合と不適当な場合があり、引用例2及び3にも邪魔板の配設が適当な場合と不適当な場合とが併せて記載されているのであるから、「引用例1記載のものに、その攪拌効果改善を図るため、引用例2及び3記載の邪魔板を単に適用してみることは、当業者が容易に想到し得たことにすぎず、この点に格別の技術的創意工夫がなされたと認めることはできない」とした審決の判断は誤りである旨主張する。

検討するに、引用例2及び3には、いずれも円筒形型攪拌機において、攪拌槽の槽側壁面に下部から上部まで軸方向に沿う複数本の邪魔板を間隔をおいて配設する手段が開示されていることは当事者間に争いがなく、また、成立に争いのない甲第5号証によれば、大山義年著「化学工業 Ⅱ」(株式会社岩波書店1963年10月15日発行)には、「一般に(中略)渦流凹みの発生を避けるために(中略)槽壁に数枚の邪魔板(baffle plate)を取付けてこれを防ぐ.」(184頁下から2行、1行)、「軸方向流れは例えば船用プロペラ型羽根を用いてかつ円周方向流れを押えるように邪魔板を付した場合には著しくなる.このような軸方向流れが槽内に強く発生すれば、その結果として(中略)槽内に垂直および半径方向流をも誘起することになるから、急速な攪拌が行なわれる.」(185頁8行ないし14行)と記載されていることが認められる。この記載によれば、邪魔板は、翼によって攪拌槽の側壁方向に吐出された液の円周方向流れを抑え、垂直方向流れ及び半径方向流れを生じさせる作用を行うものであり、これによってより効率的な攪拌が実現されることが明らかである。そして、このような邪魔板の作用は、前掲甲第5号証が本出願の約20年前に刊行された技術文献であることに照らし、本出願当時周知であったと解されるから、相違点に係る本願発明の構成は、引用例1記載の発明において、邪魔板の周知の機能に着目して引用例2及び3記載の邪魔板を適用したものにすぎず、当業者ならば想到容易であったとした審決の判断に誤りはない。

この点について、原告は、攪拌槽に邪魔板の配設が可能であっても邪魔板の配設が適当な場合と不適当な場合があることを前提とすれば、別紙図面Bに図示されている攪拌槽の構造あるいは反応液の粘性、レイノルズ数等についての説明が引用例1に全く記載されていない以上、引用例1記載の攪拌機に引用例2あるいは3記載の邪魔板を適用してみるという発想が生ずることはあり得ない旨主張する。

確かに、成立に争いのない甲第2号証によれば、引用例1には、「装置(Apparatur)」によって攪拌されるべき液として「トリメチロールプロパン、グリセリン、トルエン、カリウム液」からなる多成分の液状原料が記載されているが(4欄18行ないし20行)、その粘性あるいはレイノルズ数等についての説明は存しないことが認められる。しかしながら、本願発明の特許請求の範囲においても、攪拌の対象となる液の粘性あるいはレイノルズ数等は何ら特定されていないのであるから、攪拌の対象となる液の粘性あるいはレイノルズ数等が明らかにならない以上は攪拌槽における邪魔板配設の適否を判断し得ないとする原告の上記主張は、本願発明の要旨に副わないものといわざるを得ない。

なお、原告は、本願発明は高粘度液の攪拌機(クローズドクリアランス型の攪拌機)にも邪魔板を配設する構成を採用した点において従来の常識を破ったものである旨主張するが、本願発明の特許請求の範囲には本願発明が高粘度液の攪拌機のみを対象とすることは記載されていないから(ちなみに、本願明細書には本願発明が奏する作用効果として「低粘度液から高粘度液まで安定した混合特性を有する」(公報6欄33行、34行)と記載されていることは、前記1のとおりである。)、原告の上記主張は本願発明の進歩性を裏付けるものではない。

また、原告は、本願発明が奏する作用効果の顕著性を主張する。

しかしながら、原告主張の作用効果は、要するに、引用例1記載の格子翼のアーム部分とストリップ部分が液を剪断し細分化する作用、同じく引用例1記載のボトムパドルが槽底面への付着を防止しつつ液を半径方向に吐出する作用に、引用例2及び3記載の邪魔板の作用として、前記認定のとおり本出願前に周知であった液を垂直方向及び半径方向に循環させる作用が加わって実現されるものと解されるから、当業者ならば引用例1ないし3記載の技術から容易に予測し得た範囲のものというべきである。

したがって、審決の相違点の判断にも誤りはない。

4  以上のとおりであるから、本願発明の進歩性を否定した審決の認定判断は正当であって、審決には原告主張のような誤りは存しない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する(平成10年2月3日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 山田知司)

別紙図面A

第1図……本願発明の実施例の正断面図、第2図……Ⅱ-Ⅱ線断面図

第3図……Ⅲ-Ⅲ線断面図、第14図……従来例

〈省略〉

別紙図面B

〈省略〉

別紙図面C

〈省略〉

別紙図面D

〈省略〉

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